宮内庁御用達はいつから? 上幸平 皿山なぜなぜ06

宮内庁御用達

 宮内庁というのは、宮中に関することがらを取りあつかう役所で、宮内庁御用達というのは、天皇ご一家で使用される日用品を宮内庁に納める指定業者のことです。
 江戸時代には、天皇ご一家で使用される焼き物の食器は、上幸平の辻家で製造して納めていました。これはもちろん、辻家の製品がすぐれていたからで、たいへん名誉なこととされました。辻家が御用品をじかに宮中へ納めるようになったのは1774年(安永3)、辻家六代目の喜平次のときです。このとき喜平次は天皇から常陸大捨という官名を与えられ、朝廷の役人に任命されました。それは、天皇の御用品を作る者は官位がなくてはならないという理由からでした。それ以後、明治維新まで、辻家は代々この官名を受けついできました。
 辻家九代目の喜平次は1811年(文化8)に極真焼という新しい焼成技法を発明しました。それは磁器と同じ原料で作った匝鉢(「さや」とか「ぼし」とよばれる)の中に製品を入れて本窯で焼く方法です。製品がなめらかで純白な地肌に仕上がります。いまでも天皇ご一家の御用品はこの方法で焼かれています。
 辻家のほかに、幸平の深川製磁株式会社も御用品を納めています。明治になってから有田町で、いちはやく香蘭社という会社が設立されたことは別の項にあります。1894年(明治27)。その香蘭社の社長九代深川栄左衛門の弟忠次が分家して設立したのが深川製磁株式会社です。会社設立は1911年(明治44)。深川忠次は有田焼の伝統技法に新しい西洋の技術をとリ入れで、すぐれた製品を作りましたので、1910年(明治43)4月、宮内省(宮内庁の前身)から御用達の指定を受けました。
 また、1933年(昭和8)には今右衛門窯が昭和天皇、皇后と貞明皇太后の和食器の御用達を受けました。
(宮田幸太郎)

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