ワグネルはどんな人? 白川・勉脩学舎跡 皿山なぜなぜ16

Gottfried Wagener PHOTO
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 ゴットフリード・ワグネルは、ドイツ人化学者で、日本の窯業の近代化に尽した人です。1831年(天保2)、ハノーバーで生まれ、ゲッチン大学で数学や博物学を修めたあと、1868年(明治1)、長崎へ来ました。当初ワグネルは、石けん工場の経営にかかわっていましたが、陶磁器への関心も深く、有田へ招かれて西洋の知識を授けることとなりました。有田に滞在したのは、1870年(明治3)の4月から8月初めまでの4か月たらずですが、その間に有田の陶工たちは、初めてふれる西洋の窯業知識に多くのことを学びました。その中の一つが、日本で初めて築かれた石炭窯です。この石炭窯は現在ありませんが、勉脩学舎跡に作られたといわれています。それまでは登り窯という山の斜面に築かれる長大な窯で薪を燃料として有田焼は焼成されてきました。それが平地に角型の窯を築き、しかも石炭で焼くという、日本の窯業史上初めての実験が有田でなされたのです。この実験は十分な成果があったとはいえませんが、明治後半からは日本の各地で石炭窯が始まり、登り窯から石炭窯へ変わっていくきっかけとなりました。
 ワグネルはまた、有田焼で使う絵具の改良にも貢献しました。有田焼に見られる藍色の文様は、呉須とよばれる中国産の天然鉱物を使ってきましたが、工業的に製造されたコバルトという絵具の使用法を教えたのです。これを用いれば呉須よりも鮮やかな色が得られ、しかもはるかに安い絵具でしたので、ワグネルが教えてから数年にして全国へ広まりました。
 ワグネルは有田を去つたあと、東京の大学や京都で窯業化学を教えたり、新しい陶磁器の製造法について研究しますが、1890年(明治23)には、有田を訪れて、勉脩学舎で鵬演をしています.2年後ワグネルは61歳で亡くなりますが、その功績を記念し、京都の岡崎公園と東京工業大学に碑が建てられています。
(鈴田由紀夫)

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