有田に残る窯跡の数は? 白川・天狗谷窯跡 皿山なぜなぜ18

天狗谷窯跡 PHOTO
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 有田の窯業は始まってからすでに四百年もたっていて、はっきりしないこともありますが、天狗谷窯跡のように土の中に埋もれて残っている窯跡の数は百基を超えるものとみられます。江戸時代にこのような登り窯の作られていた場所は、これまでに五十か所ほど見つかっています。今の窯のように工場の中にあるのではなく、すべて山の中に作られていたのが大きな特徴です。
 天狗谷窯跡からも分かるのですが、床面は山の斜面に沿って階段のようになっていました。今では崩れて残っていませんが、各段には団子の形をした天井が付いていました。この一つの段が一つの窯室で、ちょうど今の窯をたくさんつないだようなつくりでした。各窯室の大きさはだいたい横幅が3~8m、奥行きが2.5~5mくらいで、新しい窯ほど大きく作られています。全長はさまざまで、大きいものになると100m以上もありました。この様に大きな窯なので、何人かが共同で一つの窯を使っていました。
 こういった窯を土の中から掘り出して、色々なことを調べるのが発掘調査です。発掘調査では窯跡のほかに、物原(失敗した焼き物を捨てた場所)も調べています。物原はふつう窯跡横の谷に位置しています。失敗品をたくさん捨てすぎて、今では山になってしまった所もあります。物原には捨てた順、つまり古い順に焼き物が積み重なっています。ですから、焼き物の出土した場所を記録しながら土を掘って行くと、焼き物がどのようにして現在に至ったかを明らかにすることができます。
 しかし歴史を研究したり学習することは、こういった昔のことを知ることが本来の目的ではありません。研究、学習して分かった歴史を、私達のこれからの暮らしにどう役立てられるかが一番の問題です。ですから、私達がいつでも参考にできるように、文化財は大切に保存して行かなければならないのです。
(村上伸之)

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