焼き物は一人でもつくるの? 大有田焼会館 皿山なぜなぜ37

大有田焼会館跡 PHOTO
大有田焼会館 PHOTO

 有田焼を用途別に大きく分けると、日常便う食器と美術品の花ぴんや大皿などです。江戸時代に始まった有田の磁器は、それぞれの工程を分業することによって一つの製品を作りあげてきました。しかし最近では、陶芸家、あるいは陶芸作家とよばれる人たちが現われ、一人ですべての工程をこなすようになりました。今日、有田には数多くの陶芸家とよぱれる人がいます。では、最初の陶芸家といわれた人は誰でしょうか。
 1933年(昭和8)、第十四回帝展第四部(美術工芸)に入選した初代松本佩山が近代陶芸家の第一号といわれています。当時、伝統の職人窯芸から一歩も出ようとしなかった有田皿山で、佩山は、創作工芸といわれる分野にいどみました。作家としての生涯は必ずしも幸せではありませんでしたが、その作品はバラエティーに富み、死後20年以上たった今も、多くの技を私たちに教えてくれます。
 平和が戻り、日本人の暮らしが上向きになった1955年(昭和30)ごろから、各地で陶芸家の展覧会が開かれるようになりました。そのような中で十二代酒井田柿右衛門父子、十二代今泉今右衛門父子、初代奥川忠右衛門らが活躍しました。
 現在、陶芸家たちは、作風や芸術的主張の違いから、日展系と伝統工芸展系の二つの会派に分かれています。1981年(昭和56)、有田町・西有田町・山内町に住む陶芸家たちは、会派を超えて有田陶芸協会(会長・十三代今泉今右衛門)をつくりました。1989年(平成1)現在、会員四十名。年に二回、大有田焼会館で展覧会を開いています。
 また、佐賀県全域の陶芸家の集まりとして、佐賀県陶芸協会(会長・十三代今泉今右衛門)があります。これは1965年(昭和40)に結成され、現在の会員が四十二名です。一年おきに東京、大阪で展覧会を開くほか、毎年一回、佐賀市で展覧会を催しています。
(尾崎葉子)

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