この大鳥居も焼き物? 大樽・陶山神社 皿山なぜなぜ10

陶山神社 PHOTO
 大樽にある陶山神社の陶山を私達は「とうざん」と読みます。宮司さんは「すえやま」と読んでいます。さて、この神社にまつられているのは誰でしょうか。主神は応神天皇で、いっしょにまつられているのが鍋島直茂と李参平です。
 1592年(文禄1)から98年(慶長3)まで6年も続いた豊臣秀吉の韓国との戦争で、佐賀藩祖直茂は第一線で戦いました。その鍋島軍の道案内をしたのが李参平だといわれます。直茂が帰国するとき、佐賀に連れて来られた彼は、1618年(元和2)に泉山で陶石を見つけました。それから代々の藩主の手厚い保護の下で、焼き物の里有田皿山を築き上げます。亡くなったのは1655年(明暦1)、皿山の人々は彼を陶祖とあがめ、その霊をまつろうと思いましたが、渡来人ということで大っぴらに出来ません。一年後の1656年(明暦2)、二里村(今の伊万里市)の大里にある八幡宮のご神体を頂いて大樽の丘に皿山宗廟八幡宮を建立した際、李参平と直茂を合わせてまつりました。
 明治になってから焼き物にふさわしい陶山神社と名乗ることになり、1880年(明治13)、社殿を建てかえました。正面の扁額は有名な書家、中林梧竹のものです。10月17日には各区順番でお祭りをすることになりました。1887年(明治20)、赤絵町が今右衛門窯で焼いた磁器の狛犬一対を、翌年、稗古場は岩尾久吉が製造した焼き物の大鳥居を寄進しました。次の当番となった中ノ原は、当時名工とうたわれた井手金作、小山直次郎、川浪喜作の合作になる大水がめを寄進します。
 日本一の焼き物の鳥居は1956年(昭和31)の台風で上部が飛び、四年後に補修されました。また1917年(大正6)には陶山神社背後の蓮華石山の頂上に李参平の記念碑が建てられました。毎年5月4日には「陶祖祭」が営まれています。記念碑には李参平の出生からのことが刻まれていますが、その出生地などについて日韓双方で調査を続けています。
(松本源次)

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