あとつぎは育っているの? 佐賀県立有田窯業大学校 皿山なぜなぜ29

佐賀県立有田窯業大学校 PHOTO
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 近年、全国の伝統工芸の産地では、すぐれた技術をもったあとつぎが少なくなり。その養成がいそがれています。
 江戸時代から藩の保護により、各地でその土地の素材を生かした特産品として、いろいろな生活用具や工芸品が作られました。明治新政府になっても、国を豊かにし外国との貿易をさかんにするために、産業や伝統工芸などが奨励されました。そのために日本は昔から、すぐれた伝統工芸の国として外国にも知られてきました。しかし1900年代から産業革命が進んで機械化が取り入れられると、機械でたくさん作ることに力がそそがれ、手仕事による長い年月をかけた技術を身につける人が少なくなりました。とくに1960年代後半(昭和40年代)から日本は高度成長の時代にはいり、地方の若い人達は都会へ出て大企業につとめ、郷里にのこって伝統的な仕事をするあとつぎが減りました。
 有田も事情は同じでした。そこで、あとつぎの養成には特に力を入れてきました。1881年(明治14)に陶器工芸学校の「勉脩学舎」が設立されてから今日まで、有田徒弟学校、有田工業学校、有田工業高等学校が、さらに新しい時代の人材を養成するため、1985年(昭和60)に陶磁器専修学校である佐賀県立有田窯業大学校が開校しました.有田町や、町内陶磁器業界、近隣の市町、業界が一体になって設立委員会を作り、苦労のすえ実現にこぎつけたものです。陶磁器科二年制と研究科一年制からなり、デザイン・釉薬・絵具・焼成など、新しい陶磁器を作るのに必要な知識と技術を身につけてもらいます。学生達は県内ばかりではなく日本各地に及び、外国からの留学生もまじって、明日の陶磁器界を担うべく実験や実習にいそしんでいます。二つの科のほか、短期研修制度として、ロクロ研修1年、下絵付研修6ヵ月、上絵付研修六ヵ月のコースがあり、伝統的な有田陶磁器生産の技能者が育っています。
(井手誠二郎)
今は佐賀大学有田キャンパスになっています。

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