歴史

お話

有田陶器市の歴史

品評會と藏さらへ 大正四年五月(1915年)陶磁器品評會(毎年五月一日より一週間)開催に際して有田之友を發行せる深川六助は、同人中島浩氣及徳見知敬と計り、此際陶祖祭を執行することを協議し、同時に各陶器店の一齊藏ざらへを擧行せしめんとの議を提...
名所

山辺由遺跡

日本の色絵磁器の礎●黒牟田地区の窯業 山辺田遺跡の所在する黒牟田地区は、1600年代に遡る有田の窯業創成期から現代まで、途絶えることなく続いてきた窯業地です。 地区内には、近世から近代の窯場跡が5か所点在しており、各窯場跡には合わせて15基...
名所

天狗谷窯跡

天狗谷窯は有田焼の創業期を代表する江戸前期の窯です。有田焼の陶祖とされる李参平(初代金ヶ江三兵衛)や家永正右衛門など有田焼の創業期に活躍した陶工が関わった窯と伝えられています。 有田焼の礎となった原料産地である泉山磁石場の発見の後、有田が磁...
人物

金ヶ江三兵衛

肥前国(佐賀県)有田の磁祖。いわゆる李参平のこと。しかしこの名は後人の称するもので古文書には見当たらないようです。朝鮮忠清道金江の人。1597年(慶長二)豊臣秀吉の朝鮮の役に鍋島直茂が出征し凱旋した際、直茂の臣多久長門守安順が連れて来たので...
お話

炎の里有田の歴史物語

第一章 有田はいつどうして出来たか(一)泉山磁石の発見 有田には古くから源為朝の黒髪山大蛇退治の伝説や唐船城の松浦党有田氏のことなどが語りつがれているのだが、この町史物語では今の有田町やその周りが何時どうして出来たのか先ず考えてみよう。 焼...
名所

陶祖 李参平の碑

有田焼の祖である李参平公は、朝鮮国(現在の大韓民国)忠淸道金江出身といわれ、1592年、豊臣秀吉が朝鮮へ出兵した時、鍋島軍に捕らえられ道案内などの協力を命じられたものと推定される。 李参平公は、 佐賀藩祖鍋島直茂公が帰国の時、 日本に連れて...
お話

伝説 黒髪山の大蛇退治

黒髪山の大蛇退治は諸説ありますが、その中からひとつを紹介します。昔、肥前国有田郷の白川の池に大蛇がすみ、ふもとの人たちをおびやかし田畑を荒らして暴れていた。里人たちの訴えで領主後藤高宗(たかむね)は退治に出かけたが、大蛇は現れなかった。その...
名所

泉山口屋番所

泉山口屋番所泉山口屋番所の由来について江戸時代、 佐賀藩は皿山 (窯業地) を管理するために皿山代官所を設置した。山本神右衛門が初代皿山代官として任命されたのは正保4年 (1647) 12月のことである。そして、皿山代官所の組織下である口屋...